九六フィートの高さから

それとなく落下 相対速度は限りなくゼロ

マイ・スウィート・乳歯

 僕の永久歯は4、5本足りない。抜けたとかではなく、そもそもない。これは完全に遺伝だ。例えば上の前歯のすぐ隣が両側ないから、前歯の隣に犬歯がきている。乳歯が抜けた隙間に寄ってきたのだ。おかげで歯を見せて笑うと吸血鬼のような鋭い印象を与えることになる。吸血鬼は言い過ぎたかも。もうちょい間抜けな感じ。

 永久歯の不足と顎の小ささが原因で、噛み合わせもなかなか悪い。多少矯正してもらったおかげで正面から見たら別にそんなに違和感はない程度にはなっているのでさして支障はない。そこは本当に親に感謝している。でも上下の前歯がかみ合っていないので、前歯で肉を噛み切る、みたいなことができない。これは結構不便。上の前歯の方が前に出ているのだ。ちょっと出っ歯気味というか。相対的出っ歯。そのせいか、サ行の発音が苦手だ。これはずっと気にしている。

 

 そんなわけで左下のやや奥のほうの歯も永久歯がなく、未だに乳歯が持ちこたえている状態なのだが、そのかわいい乳歯ちゃんが虫歯になってしまい、いよいよ穴が空いてしまったのだ。実はこれ、もう1ヶ月くらい前からその状態なのである。幸い痛みはなかったが、放置していたらどんどん悪化するだろうし、なにしろ大事な大事なマイ・オンリー・乳歯なわけだから、失うわけにはいかなかった。でも夏休みに入り、帰省やら遊びやら怠惰やらでなかなか都合のいい日がなく(言い訳)、今日やっと、行ってきた。

 実に4年ぶりくらいの歯医者である。実家の頃に通っていた歯医者からなぜか定期健診の案内が来ないことをよしとして、ずっと行っていなかったのだ。僕は割と歯磨きが好きなほうで、いつも10分くらい磨いてしまう(でも歯間ブラシは好きじゃない)。だから(理由になってない)まあ大丈夫だろうと思っていたし、実際大丈夫だった。なのに穴が空いてしまった。というか欠けたのかな? ショックだった。

 

 下宿の近くにある歯医者に今日朝イチに電話すると、朝イチで診療してもらえることになった。急いで髪を整えて向かう。保険証を出して問診を書いて席に通される。あの定番の歯医者チェアに座る。

 僕は昔から歯医者チェアの、コップを置いたら水が出るところが好きだった。久しく歯医者に行っていなかったからそんなことは忘れていた。コップをおかずに指で押して水を出したりして遊んでいた。

 背が倒され、口を開ける。

 これまた久しぶりのことだったので驚いたのだけど、口の中を人に見せるのって恥ずかしいことなのだ。昔はそんなこと考えもしなかったけど、この永久歯の足りない歯並びを、未だに残っている乳歯にあいた穴を、斑らに白くなった舌を、他人に見られることだったんだと思った。そして歯医者さんは毎日何人もの人のそういうものを見ていく仕事だったんだ。

 

 ETの頭のようなライトに口元だけを照らされながら、容赦なく診察は進む。

 歯医者さんは不親切だ。人の歯を見てひたすら一つずつに対してこちらにはわからない言語でコメントして行く。1から4、3。5、E。みたいな(テキトーです)。3ってなんだ、Eってなんだ。こちらは自分の歯に不安を持って歯医者に来たのに暗号ばかりで不安は高まるのみ。まあそれは仕方のないことだと思うけど、今日の歯医者さんは時折「うぅ……」と唸るのである。なに?! なんで唸るの?? そんなにやばいの?? 全部虫歯とか言われたらどうしよう……と半分ベソかきの内心で時が過ぎるのを待った。

 そして言われた言葉は「独特の噛み合わせだね」だった。全部虫歯とかじゃなくてよかったけど、噛み合わせを「独特」と表現されたことはなんだか微妙な感じがした。

 麻酔をして、少し削って、埋めてもらった。埋まった。よかった。たった3000円弱で穴を埋めてもらえるなんて、ありがたいことだと思った。乳歯、大事にします。

 

 麻酔がかかった状態で外に出るの、なんであんなに気恥ずかしいんだろう。

 効果が切れるまでに2時間ほどかかった。かかったままの時にうがいをしたら、くちゅくちゅにあわせて水がぴゅっと出てまた恥ずかしくなった。ひとりだけど。

どの椅子に座ろうか

 「君は何がしたいの?」

 これまでにも何度もなんども問われてきた言葉だ。他人からも、自分からも。そしてずっとうまく答えられずにいる。今も。

 

 

 6月に京都のカルチャーを発信するウェブメディアであるアンテナのライターになった。文章を書くのが好きだったのもそうだが、ライター募集のページを見つけた時に「ああ、応募してみるしかないな」と直感的に感じたからだった。面接を兼ねて編集長と副編集長とお茶したときは、特になんにも持っていない自分で対峙することに緊張したけれど、2人の目を見て、話を聞いて、この人たちに、この人たちがやることについていってみたいと思った。

 

kyoto-antenna.com

↑とてもいいインタビューなのでぜひ。

 

 それからはちょくちょくアンテナでの集まりやミーティングが入るようになり、他のメンバーとも顔をあわせるようになった。アンテナの特徴として、ウェブメディアだけどライターだけじゃなくてデザイナーやカメラマンが多いところが挙げられる。いろんな分野の濃い人たちが集まっているところだ。そんな人たちと会って話をするようになって、とても刺激になるし面白いのだけど、それと同時に自分の拠り所のなさというか、何ができるのか、何が好きなのか、みたいなことの薄さのようなものを感じた。みんな好きなものへの深さが段違いで、とてもじゃないけど太刀打ちできない。何が好きで何を発信したいのか、みんなわかっているように見えた。

 そしてそこでもやはりあの質問が投げかけられる。

 僕にはまだ答えられなかった。

 

 

 昔からこれといってはっきりとした夢を持ったことがない子供だった。興味のあることはたくさんあったし、勉強だって嫌いではなかった。でも興味の方向が次々に移っていく、いわゆる飽き性でもあった。だからあまり深く掘り下げられないまま、次に行ってしまうことが多かった。ミーハー気質なのだ。全然それは悪いことではないと今でも思っているけれど、ディグりにディグりまくっている人たちを前にすると、もうお手上げ状態になってしまう。そんな自分に対して悔しさより先に恥ずかしさがきてしまうのだからタチが悪い。ミーハーなくせにミーハーであることがバレるのは怖いのだ。高校までは自分のミーハーさが露呈することはなかったけれど、もういよいよ岐路に立たされている。

 これはきっとスタンスの問題で、ミーハー万歳!と振り切るか、やっぱり太刀打ちしていきたい!と振り切るかのどちらかなんだろうと思う。もちろん後者になればいいだけの話なのだが、この世には本も映画も音楽も、ありすぎるのだ。これは人生における大きな、けれどささやかな絶望の一つだと思う。何をそんな当たり前のことを、とも思うし、そんなこと言ってねえでまずは重い腰を上げろや、とも思う。いろんなスタンスがあることを理解しているからこそ、自分の中にもそれらが渦巻いて定まらない。スタンスが決まれば切り捨てられるものもあるのに、決まっていないことに無駄に振り回されるのは、ほんとに徒労だとわかっている。

 だけど、もう少し時間が欲しい。これはきっとこれからの僕にとって大事なことなんだと思う。

 

 

 この頃は、自分のやりたいことの方向性が見えてきたかな〜?と思ったりまた迷子になったり、の繰り返しだ。

 一つ確かなのは、何かを人に伝えることがしたいということ。何なのか、どういう手段でなのかはまだはっきりとしない。でも、伝える側に回って、人の心を動かす仕事がしたい。それだけは確かに思える。

 いま一番やりたいと思っていることはデザインを学ぶことだな。クリエイターと一緒に何かを伝える仕事がしたい。ほんとは自分がクリエイターになりたいけれど、まだ何も手がかりがないからまずは1.5次的なところからだな。

 

 

 とりとめもないのにウジウジした文章になってしまった。

    全然関係ないけど著者近影でも貼っておこうかしら。

f:id:kakkoiikakko:20170820233535j:image

by id:ilpc-hryk

呪いの看板のおもひで 〔新潟〕

f:id:kakkoiikakko:20170804232316j:image

  この看板を見て欲しい。

  犬や猫とは思えない、全てを悟ったかのような光を宿した目と、なんとも言えない口もと。角度。3色の配色と「ほんとにこのお店いまもやってる?」と思わせる色褪せ方。字体。

  母の地元である新潟県のある地域でよく見かける看板なのだが、小さい頃から帰省のたびに何気なく目にしていて、なぜかよく覚えていて、なんとなく好きだった。

  それを今回の帰省中、ドライブしているときにぼんやりと呟くと、母から思わぬ賛同を得て驚いた。

  でも、たぶんこれ、わかる人はけっこういるんじゃないだろうか。こういう、もうなんとも言いようのない空気を纏ってしまっている変なものってすごく目を惹くし、そういうのが好きな人は多いはず。

f:id:kakkoiikakko:20170804235025j:image

  それで、もうこの際見つけるたびに写真を撮ってしまおうということになった。

  いざそうなると、思っていたより沢山ある!そして一枚一枚少しずつ顔が違う!!

f:id:kakkoiikakko:20170804235101j:image

  そんなの興奮しちゃうじゃないか。

  最初呆れ気味だった祖母もだんだんこっちの妙なテンションに飲まれてきて、「あの建物のあっち側にあるんじゃない??」なんて予想しながらの奇妙で楽しいドライブになった。

  未だ見ぬ実店舗(あるのか?)に思いを馳せながら、次々に写真に収めていった。

f:id:kakkoiikakko:20170805180233j:image

  出るわ出るわでもう大興奮だった。

  写真を見ていただいたらわかるように、一ヶ所に何枚もあったり、横だけじゃなく縦バージョンもあったり、ちょっと新しいのもある。

  では、代表的なものをアップでご覧いただこう。

f:id:kakkoiikakko:20170804234808j:image

f:id:kakkoiikakko:20170804235428j:image

  はい。あなたもだんだんハマってきたであろう。
  上のは僕の中で「ザ・松田ペット」のやつ。割とかわいらしい。相変わらずみんな目が据わってる。色もよし。

  2枚目はちょっと新しくて色が濃い。実は上と下で絵が違う。そして決定的にかわいくない。なんかイヤ。なんか怖い。たぶん彼らはもともと人間で、なにかの罰で犬にされたクチだと思う。呪いでないとあのザワザワ感は出ないであろう。

  さあ、では我が家でも話題騒然となった問題作をご覧いただきたい。

f:id:kakkoiikakko:20170804234848j:image

  もうセオリーをとことん外してきている。どこに行ったんださっきまでのこだわりは。そしてダントツで顔が怖い。ほんとは犬でも猫でもないに違いない。左の犬は絶対に信頼してはいけない顔をしているし、右の猫なんて途中で描くのやめたでしょ。ずば抜けて妙ちきりんな一枚。十数枚ほど松田ペットの看板を見つけてきた松田ペット・ハンターのわたくしですが、緑・赤・青の3色を守っていない横型はこれだけだった。

 

  なんて言いながらドライブを続けていると、縦型が現れた!と思ったら!

f:id:kakkoiikakko:20170805173834j:image

  実店舗キタ!!

  あまりの突然さに目を白黒させつつもきちんと左折し車を停める母。すると駐車場も!

f:id:kakkoiikakko:20170805174049j:image

  !!!!

  あの動物たちがこんなにも!!

  助手席から数々の松田ペット看板を見てきた僕はもうすでに彼らと写真を撮りたいと願っていた。だから…

f:id:kakkoiikakko:20170805174312j:image

  そりゃまあこうなる。

  かわいい顔しているかに見えて絶対とって食われる。妙な緊張感がある。

  でも嬉しかった。

  こんなのもある。

f:id:kakkoiikakko:20170805174537j:image

  いやあたまらんなあ。

  昔からの思いが完全に満たされた。実店舗にもお邪魔したが、そりゃもう普通のちゃんとしたペットショップだった。(あるのか?)なんて思っていてごめんなさい。

  僕と新潟と松田ペット〜夏のおもひで〜 〈完〉

 

おまけ

f:id:kakkoiikakko:20170805174902j:image

  最高なボーイの最高なポーズ。今すぐこうなりたい。

 

  本当は世界一の花火大会である長岡大花火について書くべきだが、そちらは動画とともにインスタグラムをご覧いただきたい。松田ペットよりよっぽどすごいものをお見せできるのでぜひ。

https://instagram.com/p/BXVcMX3B9l3/