九六フィートの高さから

それとなく落下 相対速度は限りなくゼロ

夏の濃度

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 正直、夏は苦手だ。なぜなら、夏は濃すぎるからだ。

 生きていくだけで精根を削り取られるような思いにさせる、あの空気。むせ返るほど匂いと気配に満ちた空気。温度の高い空気は密度が小さく軽くなるはずなのに、僕の科学的知識は夏の息の前に倒れ伏すしかない。これはつまり、夏に圧倒されているということだろうか?

 半死半生のヒトの傍らで、生き物の気配は濃い。目に見えるものも、目に見えないものも。なにも霊魂のことを言っているのではなくて、もっとリアリスティックに、菌とか細菌とか、そう言った類のものだ。どうしようもなく濃い、重い空気の中には、ここぞとばかりに躍起になった何某かが蠢いているように思ってしまう。霊感がなくてよかった、夏の空気なんて耐えられないものだろう。

 夏は光も濃い。そのぶん、影も濃くなる。あらゆるものが輪郭を強く結びすぎる。あまりにコントラストが強すぎて目が眩む。光に染められて自分が白く飛んでしまう。影に吸い込まれて黒い沼に足が沈んでしまう。そんな矛盾さえすべて照らし、影に収束させてしまう。

 とにかく、眩しくて眩しくて、そのぶん暗さも感じるってこと。明るいだけならまだしも鋭く焦がしてくるってんだからしつこくてたまらん。屋内に入っても暫くは夏を脱ぐことができない。夏がそれを許してはくれない。お願いだから許しておくれよ。もう少しドライな関係でいようよ。そしたら僕ら、もっとうまくやれると思うんだけど。

 とはいえもちろん、夏の雲は僕も好きだ。ヤツも他の季節にない濃密さをその内側に溜め込んでいる。あまりに溜め込むものだから、ふいにはち切れて漏れる漏れる。その重心から一目散に外側を目指してふくらむふくらむ。胎動。あれに触れられないなんてうそなんだろ? 誰かがひとりじめするために吐いたうそに違いない。だってあんなに、そこにあるのに。あんなに強く、濃く、渦巻いているのに。触れないなんて、うそだ。

 どうせ死ぬなら、あの雲がそこにあると信じて飛び込みたい。触ることができれば僕の勝ち。そのまま落っこって死んだら僕の負け。負けるわけにはいかないよな、だってこの負けは多くの意味を帯びすぎている。だから僕はあの雲に立って、上からうそつきのヤツらに小便を引っかけなければならないだろう。とびきり濃いのを用意してやるから、待ってろよな、夏。