どの椅子に座ろうか
「君は何がしたいの?」
これまでにも何度もなんども問われてきた言葉だ。他人からも、自分からも。そしてずっとうまく答えられずにいる。今も。
6月に京都のカルチャーを発信するウェブメディアであるアンテナのライターになった。文章を書くのが好きだったのもそうだが、ライター募集のページを見つけた時に「ああ、応募してみるしかないな」と直感的に感じたからだった。面接を兼ねて編集長と副編集長とお茶したときは、特になんにも持っていない自分で対峙することに緊張したけれど、2人の目を見て、話を聞いて、この人たちに、この人たちがやることについていってみたいと思った。
↑とてもいいインタビューなのでぜひ。
それからはちょくちょくアンテナでの集まりやミーティングが入るようになり、他のメンバーとも顔をあわせるようになった。アンテナの特徴として、ウェブメディアだけどライターだけじゃなくてデザイナーやカメラマンが多いところが挙げられる。いろんな分野の濃い人たちが集まっているところだ。そんな人たちと会って話をするようになって、とても刺激になるし面白いのだけど、それと同時に自分の拠り所のなさというか、何ができるのか、何が好きなのか、みたいなことの薄さのようなものを感じた。みんな好きなものへの深さが段違いで、とてもじゃないけど太刀打ちできない。何が好きで何を発信したいのか、みんなわかっているように見えた。
そしてそこでもやはりあの質問が投げかけられる。
僕にはまだ答えられなかった。
昔からこれといってはっきりとした夢を持ったことがない子供だった。興味のあることはたくさんあったし、勉強だって嫌いではなかった。でも興味の方向が次々に移っていく、いわゆる飽き性でもあった。だからあまり深く掘り下げられないまま、次に行ってしまうことが多かった。ミーハー気質なのだ。全然それは悪いことではないと今でも思っているけれど、ディグりにディグりまくっている人たちを前にすると、もうお手上げ状態になってしまう。そんな自分に対して悔しさより先に恥ずかしさがきてしまうのだからタチが悪い。ミーハーなくせにミーハーであることがバレるのは怖いのだ。高校までは自分のミーハーさが露呈することはなかったけれど、もういよいよ岐路に立たされている。
これはきっとスタンスの問題で、ミーハー万歳!と振り切るか、やっぱり太刀打ちしていきたい!と振り切るかのどちらかなんだろうと思う。もちろん後者になればいいだけの話なのだが、この世には本も映画も音楽も、ありすぎるのだ。これは人生における大きな、けれどささやかな絶望の一つだと思う。何をそんな当たり前のことを、とも思うし、そんなこと言ってねえでまずは重い腰を上げろや、とも思う。いろんなスタンスがあることを理解しているからこそ、自分の中にもそれらが渦巻いて定まらない。スタンスが決まれば切り捨てられるものもあるのに、決まっていないことに無駄に振り回されるのは、ほんとに徒労だとわかっている。
だけど、もう少し時間が欲しい。これはきっとこれからの僕にとって大事なことなんだと思う。
この頃は、自分のやりたいことの方向性が見えてきたかな〜?と思ったりまた迷子になったり、の繰り返しだ。
一つ確かなのは、何かを人に伝えることがしたいということ。何なのか、どういう手段でなのかはまだはっきりとしない。でも、伝える側に回って、人の心を動かす仕事がしたい。それだけは確かに思える。
いま一番やりたいと思っていることはデザインを学ぶことだな。クリエイターと一緒に何かを伝える仕事がしたい。ほんとは自分がクリエイターになりたいけれど、まだ何も手がかりがないからまずは1.5次的なところからだな。
とりとめもないのにウジウジした文章になってしまった。
全然関係ないけど著者近影でも貼っておこうかしら。
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